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調査レポート

ウクライナ危機と油価高騰の中、なぜOPECは追加増産に動かないのか

5月7日G7首脳会合の場で岸田首相はロシア産原油の段階的禁止を表明したが、ロシア産原油の代替確保は時間がかかるとされる。他方、OPECは、ウクライナ危機と油価高騰の中でも追加増産には応じない姿勢を崩していない。なぜOPECは追加増産に動かないかをOPECの中で主導的な役割を担うサウジアラビアの立場・見解をレビューした調査レポート第2弾を添付する。グローバルリサーチ&リスクマネージメント調査レポート202202(OPECはなぜ追加増産に動かないか) 本レポートへのコメントはこちらから。簡略版は以下のとおり。

 

 

 

 

 

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ウクライナ情勢を受けた油価高騰の影響は、エネルギー資源輸入国である我が国を直撃している。1バレル100ドル水準の高油価の経済への影響は大きい。ウクライナ情勢を受け岸田首相は、3月15日にUAEのムハンマド・ビン・ザーイド皇太子、3月17日にサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子とそれぞれ電話会談し、原油市場の安定化のためOPECが積極的な貢献を果たすよう増産を働きかけた[1][2]。ところが、3月22日に開催されたサウジアラビアの閣僚評議会では岸田首相とムハンマド皇太子の3月17日の電話会談の内容が報告された後、追加増産ではなくて「OPECプラス」の合意を順守するサウジアラビアの姿勢が正式に閣議決定されている[3]。多国間では、2022年3月24日G7首脳の共同声明はOPECに増産を呼びかけた[4]。しかし、翌週の3月31日「OPECプラス」第27回閣僚級会合は、G7の呼びかけに応じず追加増産の見送りを決定している[5]。なお、OPECプラスは2022年5月5日の28回閣僚級会合でも現行の小幅増産の方針を維持した[6]。OPECが追加増産に舵を切らない理由とは何であろうか。

(1)経済的な協調を重視するOPEC

2022年3月21日付サウジアラビア外務省の声明は注目に値する。同声明では「サウジアラビア王国はイランに支援されたフーシー派テロリスト武装民兵による石油施設への攻撃が続く限り、世界市場での石油供給の不足に対する一切の責任を放棄する。」と発表している[6]。同声明の中では、イランからフーシー派に提供された弾道ミサイル技術やドローンによってサウジアラビアの石油施設は攻撃されており、国際社会もエネルギー安定供給に対して責任を負い武装民兵の問題に対峙すべき、との姿勢を示している。

そこで、サウジアラビアは同国の安全保障を軽視する米国を含む西側諸国への不満から米国の追加増産の要請に応じない、との見方がある。4月17日付産経新聞「オピニオン」への飯山陽氏の「ウクライナと日本(信じる国は侵される…)」とのタイトルの寄稿では、「米国に裏切られた中東」との小見出しをつけ、サウジアラビアとUAEの「米国に対する不満」が増産要請に応じない背景と解説をしている[7]。しかしながら、この見方では、経済的な協調に重点を置いたOPECの性質への視点がすっぽりと抜けている。

OPECは、政治的目的達成の手段として石油を利用し第一次オイルショック(1973年)を引き起こした。そのため石油の政治利用のイメージが強いが、その後アラブ産油国は石油を武器として利用することはないと表明している。OPECの本来の目的は、①加盟国間の政策の調整 ②市場の安定性の確保 ③安定収入の確保 ④石油供給の確保 ⑤石油部門の投資確保である。経済的な調整に重きをおいたことが今日までOPECが存在できている理由とされる[8]。2016年「OPECプラス」の結成も同じ目的である[9]。実際サウジアラビアを筆頭とするOPECは、第4次中東戦争時のような各国の親イスラエル政策からの転換を目指すような政治目的の武器としての石油利用は控えている。例えば、2003年アラブ連盟はイラク戦争に反対しているが、OPECは市場の安定を重視し、石油を政治的な武器として利用することを求めるイラクの要請を断っている。[10]

(2)原油市場と安定供給の考え方

サウジアラビアがイエメン内戦に介入している当事者である中で、フーシー派によるサウジアラビアへの攻撃、イランによる同派への支援や弾道ミサイル開発問題に対応するよう西側諸国に迫るためにサウジアラビアが追加増産の要請に応じない(あるいは減産する)のであれば、同国の安全保障とエネルギー安定供給がその理由であったとしても、対イランの政治的な道具としての石油利用との指摘に該当するかもしれない。しかし、2022年3月21日付サウジアアラビア外務省の声明は、「世界市場への供給の不足」と「サウジアラビアの責任」についてである。サウジアラビアが言及する供給の不足とは、世界の原油市場における絶対量として供給される原油の不足である。その前提として生産国(者)の政治的な行為を考慮した上で、流通されるべき原油とボイコットされるべき原油(ロシア産)に分けるような考えには基づいていない。国際原油市場の考え方とは、世界のどこかで生産される一バレルは世界のどこかの需要の一バレルを満たすことであり、その意味において、生産国(者)はエネルギーの安定供給に貢献しているとの考えである。すなわちサウジアラビアは、不満だから、不足しているにもかかわらず供給の責任を果たさないのではない。そもそもロシア産原油を不足とは捉えていない。OPECの声明も供給が不足しているとは捉えていない。[11]

(3)「OPECプラス」の恒久的な協力合意の存在

サウジアラビアが、「OPECプラス」の枠組みとその合意事項(小幅な増産)を遵守するのは規定路線である。ウクライナ危機による油価高騰前の昨年後半からの油価の上昇傾向を受けて西側からの増産要請がなされる中でも、サルマーン国王は、2021年末の諮問評議会の施政方針演説で「OPECプラス」の枠組みと合意内容を遵守する姿勢、そして「OPECプラス」に参加する全メンバーが合意内容を遵守することの重要性を強調している[12]

これに先立つ2年前の2019年7月「OPECプラス」は、恒久的な協力のプラットフォームとして「Charter of Cooperation」に合意しており、同年10月プーチン大統領が12年ぶりにサウジアラビアを訪問した際、アブドルアジーズ・サルマーン・エネルギー大臣とロシアのアレクサンドル・ノヴァク副首相正式との間で正式に署名されている。同時期に二国間のエネルギー分野の協力のプロトコール(MOU)も締結されている[13]。同MOUの内容は公表されていないが、恐らく二大生産国間での事前すり合わせのメカニズムが含まれているはずである。「Charter of Cooperation」の署名に際しムハンマド・バルキンドOPEC事務総長は、「OPECプラス」の協力合意は「永遠」に続くと発言している。サウジアラビア紙などは、同憲章を「OPECプラス」の永遠の結婚と報じている[14]。OPECは、永遠の結婚を祝福するロマンティックな「詩」まで発表している[15]。こうした「OPECプラス」の恒久的な協力の枠組みが存在したからこそCOVID19のパンデミックで原油需要が消滅する中、2020年4月ロシアを含む「OPECプラス」は協調減産に合意できた。

(4)G7によるOPEC追加増産の狙い

西側諸国による追加増産の要請はどういった考えに基づいているかは、油価の上昇傾向や油価高騰の理由を分析しなくてもG7首相の声明の中に示されている。2022年3月24日付G7首脳の声明は、OPECに増産を呼びかけている。しかしながら、油価の高騰をその理由にはしてはいない。G7は、自らのロシアへのエネルギー依存を減らしつつ、他国のロシアへのエネルギー依存を軽減する努力を支援することをコミットし、その文脈でロシア産原油の代替としてOPECが増産することを呼びかけている[16]。つまりロシアの経済(エネルギー輸出)にダメージ与えることを意図した政治的な政策であり、経済的な油価高騰対策とは示していない。

2022年4月4日付JETROのビジネス短信は、第27回閣僚級会合での「OPECプラス」の追加増産の見送りを報告している。その中でG7の呼びかけを「ウクライナ情勢を受けて原油価格が急騰していることから、G7はOPECによる供給量増の役割を強調していた」と解説している[17]。しかしながら、こうした解説はミスリーディングである。OPECによる追加増産に油価高騰を軽減する効果があるにしても、各国(G7とその他の国)のロシアへのエネルギー依存を減らすG7の政策とそれへの支援となるOPECによる増産の本質を見誤っていると言わざるをえない。

G7による追加増産の呼びかけは、ウクライナ侵攻を受けての政治的な対ロシア封じ込め政策の一環である。OPECにとっては、石油を政治目的達成の道具として利用することの是非に関わる。道具として利用することが是である場合、何の政策に利用するかである。OPECは、石油の政治利用とは距離を置くことで産油国間での石油政策の調整機能を維持してきた。OPEC創設メンバー国であるイラク戦争時においてさえ、武器としての利用は避けざるをえなかった。G7の要望はサウジアラビアにとって原理原則が合わず、また、政治的な方向性も一致していない。仮に、石油の政治利用が例外的にありえるとしても、ウクライナ危機は、第四次中東戦争時のようなパレスチナ支援の大義とは構図が異なる。OPEC加盟国間では、ウクライナ危機を受けたロシアへの政治的な姿勢はそれぞれ異なる。また、ロシアを除いた「プラス」の主要加盟国間でも政治的な姿勢はそれぞれ異なる。これはOPEC加盟国間だけであっても、まして(ロシアを除く)「プラス」の主要加盟国間を含める形で、ロシアを代替するような追加増産の方針で一致することは不可能であると示している。

(5)最後に

脱炭素化の潮流の中、油価の値崩れを防ぐ「OPECプラス」の枠組みを維持することは死活的に重要である。そのためサルマーン国王はウクライナ危機以前から「OPECプラス」を維持する方向性を国家の方針として示している。サウジアラビアやUAEはJCPOAの再建に夢中な米国に間違いなく不満である。しかしながら、イランに厳しく、イラン封じ込めを意図してJCPOAを一方的に離脱した米トランプ政権下の2019年に「OPECプラス」の恒久的な協力のプラットフォームが構築されている。

ロシア経済にダメージを与える目的のロシアへのエネルギー依存低下を支援するOPECの増産と油価高騰対策としてのOPECの増産は性質が全く異なる。前者は①「武器としての石油」であり、②後者は「経済対策」である。ウクライナ危機前の昨年後半からの油価上昇時に日米などは経済対策としての増産を要請したがOPECは応じていない。ウクライナ危機を受けてG7は、ロシア孤立化のために増産(武器としての石油)を要請したがOPECは応じていない。①の「武器としての石油」はOPECの原理原則から外れ、また、サウジアラビアはサウジーロシア結婚3年目の相方のロシアは武器を向ける方向とは認識していない。こうした中、サウジアラビアが増産しないのは、米-サウジ関係がギクシャクしているからではない。①は敵対的な行為と認識される。米-サウジ関係が蜜月であっても、サウジアラビアは原油市場への支配力を維持する「OPECプラス」の枠組みを犠牲にして①「武器としての石油」をロシアに向ける可能性はほぼない。両国関係が蜜月のままであったなら、②の経済対策(例えば、ハリケーン直撃などによる油価高騰対策として増産を行うこと)で米国経済に貢献することはありえる。しかしながら、石炭や石油の禁輸や段階的禁止(フェーズ・アウト)を含む対露制裁がエネルギー分野にも課される中[18][19]では、②を行うことは①と重なり区別がつかない。そうした現状ではOPECが追加増産を行うことは難しくなっている。ありえるとすればロシアの代替とはならない小規模に限定される。

2022年3月17日の岸田首長とムハンマド皇太子の電話協議で岸田首相は、あくまで油価高騰を受けた対策として増産を要請したが、その後日本を含むG7は①「武器としての石油」で増産を呼びかけている。日本側が油価高騰対策を名目にするのは、①と②の違いを認識した上で②の文脈の方がサウジアラビアにとって受け入れやすいと考えたからかも知れない。あるいは政権中枢にとって、外交・安全保障である①よりも、経済の②視点の方が強かったのだろうか。それとも①の方向で進むべきかどうかの判断の先送りだろうか。

岸田首相によるムハンマド・ビン・サルマーン皇太子への増産の働きかけが翌週のサウジアラビアの閣議で受け流されている現実や「OPECプラス」の枠組みを踏まえた今後の産油国への働きかけのあり方を考えねばならない。石油のない日本が海外に石油を求める資源外交は挫折と敗北の歴史であった。3月24日のG7の声明で打ち出された「メンバー国自身のロシアへのエネルギー依存を減らす」との方向性は、エネルギー供給源の多角化のためロシア事業を官民挙げて推進してきた日本にとって新たな困難であることは間違いない。

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